お知らせ

3月のふりかえり その1

「天皇」とは

「天皇」という熟語を何とよむのか。

実は、考えれば考えるほど、調べれば調べるほど難解なのです。

まず、いつから「てんのう」と呼んだのか、はっきりしません。

たとえば、源氏物語なら「みかど」であるし、そもそも日記や文書で、天皇を直接的に天皇などと書かないのです。

万葉集を見ると、「天皇」という文字は使われているのですが、この2文字はスメラミコトやスメロキなどとよむのが一般的で、テンノウなどと読みません。

また、万葉集では、天皇に向かって詠んだ歌の中に、その天皇を指して「大王」と書いてあり、これをオオキミと読むのが一般的です。

天皇に向かってはオオキミといい、天皇をさす言葉はスメロキだったと、単純に考えてよいのかわかりません。

しかし、間違いなく「天皇」を「天皇」と書いた時はわかっています。

「大宝律令」と呼ばれる法律に明記されているから、それ以降は「天皇」と記述されたのは間違いないのです。

しかし、この場合の「天皇」もふりがなが振ってないので、何と読むのかはわかりません。

法律ですから、漢語をそのまま大陸の発音で読んだのかも知れません。でも、その場合は、テンノウではなく、その前の漢字の発音そのままのテンオウだったと想像されます。

テンオウのン{nn}とオ{o}がいつのまにかくっついてンノ{nno}という発音に変化したのです。

それがいつのことなのか、明確にするのは大変です。

「大宝律令」の前に存在していたと考えられる天武天皇の「飛鳥浄御原令」やさらにその前の天智天皇の「近江令」に「天皇」という記述が存在したとすれば、「天皇」は、天智天皇や天武天皇の時代から使われていたと言えるでしょうが、2つの令は見つかっていないので、やはり確かなことはわかりません。

かつては、法隆寺にある仏像の光背の裏側に刻まれている文章の中に「天皇」の文字が見えることから、「天皇」は推古天皇の時代から使われたと想像されていました。

しかし、仏像自体が推古天皇の時代に作られたモノだとしても、光背の文字がその時に刻まれたとは確証がないと、現在はこれを後世のものと考えるようになっています。

ともかく、ある天皇から「天皇」と表記されるようになったわけですが、ではそれ以前は何と呼ばれていたのかが次の問題になります。

第14回万葉ロマン塾の動画を公開しました。ぜひご覧ください!

開催:2024年3月2日(土)オンライン講座:19:00~19:30 

内容:「天皇(前編)」

講師:関隆司塾長(高岡市万葉歴史館)



塾生の皆さんとの交流企画として、万葉集ゆかりの

植物の解説を聞きながら散策をたのしむ企画です。

日時:4月13日(土)10時から2時間予定

場所:東京都板橋区の赤塚公園(万葉・薬用園)

集合:高島平駅改札前(都営三田線)

ガイド:川上利春(赤坂・一期一会プロジェクト/芝の語り部)

参加費無料

お申し込みされる方は以下フォームより入力をお願い致します。

今回は茨城県にある鹿島神宮の防人の歌碑を紹介します。

発表者:巻島大樹(地域創生ジャーナリスト)

*この動画は2024年3月2日に行われた第14回万葉ロマン塾のオンライン発表から切り取ったものです。

第14回万葉ロマン塾(オンライン)を開催します!

■ 日時:3月2日(土)講座:18:30~19:30 雑談会:19:30~20:00(使用アプリ:ZOOM)

■ 内容

①「天皇(前編)」関隆司塾長(高岡市万葉歴史館)

②「万葉放浪記 鹿島神宮の防人の歌碑」地域創生ジャーナリスト:巻島大樹

■ 参加費無料

zoomに参加される方は以下フォームより、お申し込みください。

今回は新潟県十日町市の松之山に伝わる伝説「松山鏡」とその登場人物である

大伴家持の歌が刻まれた歌碑を紹介します。

発表者:巻島大樹(地域創生ジャーナリスト)

*この発表は2024年2月4日に行われた第13回万葉ロマン塾の本講座の前に行われたものです。

第13回万葉ロマン塾の動画を公開しました。ぜひご覧ください!

内容:「古代や万葉集、歴史を学ぶために役立つ本」

講師:関隆司塾長(高岡市万葉歴史館)

講座の後、質疑応答の時間あり

第13回万葉ロマン塾(オンライン)を開催します!

■ 日時:2月4日(日)講座:18:00~19:00 雑談会:19:00~19:30(使用アプリ:ZOOM)

■ 内容

①「万葉放浪記 新潟県十日町市」地域創生ジャーナリスト:巻島大樹

②「古代や万葉集、歴史を学ぶために役立つ本」関隆司塾長(高岡市万葉歴史館)

■ 参加費無料

zoomに参加される方は以下フォームより、お申し込みください。

能登半島地震で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

被災地の一日も早い復興をお祈り申し上げます。

1月6日(土)18~19時、オンライン新年会を開催します。

この新年会は通常の講座形式ではなく、全国の参加者の皆さんと交流できる場にしたいと考えております。

画面に顔を出す必要はありませんが、参加される方は簡単に自己紹介をしてもらえれば幸いです。

参加を希望される方は以下フォームよりお申し込みください。

万葉ロマン塾は今年4年目を迎えます。

本年もよろしくお願いいたします。

2023年もいろいろありがとうございました

先日のオンライン講座で、事務局の巻島さんが「サキタマ神社」の万葉歌碑を紹介してく

ださいました。神社の灯籠に刻まれたものなので、「歌碑」と呼んでい良いのか迷うモノ

ですが、とにかく、現存している万葉歌を刻んだ「石」の中では最古のものです。あの灯

籠を建てたのは、あの土地の城主阿部氏と伝わっています。


みなさんは、2012年の秋に公開された「のぼうの城」とい映画をご存知でしょうか。天

下統一を目指す豊臣秀吉と小田原北条氏との戦いの一コマで、石田三成の指揮した2万人

の水攻めを、わずか500人の兵と農民で対抗した北条方の史実をおもしろく脚色した作品

です。水攻めを守り切った城の名は「忍城」。オシジョウと読みます。のち、徳川家光の

時代に、老中を務めた阿部家が入り、以後、歴代の城主が徳川幕府の老中となっています。

あの石碑はその阿部さんが建てたものです。


こんな情報が簡単にわかるのは、日本中の万葉歌碑を訪ね、その一覧表を作った人がい

るからです。いま、全国に2400碑ほど建っているそうです。シンジラレマセンね。

でも、万葉歌碑だけは、群を抜いてたくさん建っているのです。ですから、みなさんの

近くにもある可能性が高いわけです。東京では、向島百花園のものがもっとも古く文政4

年(1821)です。「あれ、狛江市の方が古いのでは?」と思ったあなたは、半分すごいで

す。あれは、大正時代に建て直したもので、もとの文化2年(1805)建立のものは現存し

ません。このように現存はしませんが、伝承だけでもっとも古い万葉歌碑は、なんと1328

年。サキタマ神社より350年も古いものです。だからちょっと信じがたいのですが、こ

の碑は「秩父」なので、もしかすると本当かもしれません。秩父に乃木希典像が建ってい

る話は、はじめての赤坂での講座で紹介しました。秩父の歴史は、またいつか機会があれ

ば。。。


とにかく、2023年もいろいろな意味でありがとうございました

よい年末年始をお迎えください。

万葉ロマン塾 塾長 関隆司

「万葉放浪記~歌碑をたずねて3百里~」の第1回動画を公開しました。

今回は埼玉県行田市にある前玉(さきたま)神社にある江戸時代に作られた万葉歌碑を紹介しています。

ぜひご覧ください!

☆この動画は2023年12月9日にオンラインで行われた万葉ロマン塾の一部を切り取ったものです。